大須戸能保存会について
大須戸には古くから伝わる「能」の文化を守り伝承している「大須戸能保存会」があります。集落には能舞台が設けられた八坂神社があり、毎年4月3日の「春祭り」にお披露目しています。また、8月15日にはみどりの里日本庭園 特設能舞台で薪能が開催されます。さらに能を通じた外国との交流も行っています。
【活動内容】
・定期公演(春(4月3日)・夏(8月15日))
・ドイツとの交流
・次世代への伝承
・他
【大須戸能の由来】
嘉永5年(1852)2月の記録に「古来の能装束が切損し役に立たなくなったので奉納を願う」とあることから推して、大須戸能の起源はこれよりなお久しく遡るものと推定される。
伝によれば弘化元年(1844)の冬、庄内の黒川能役者蛸井甚助が当地に逗留した際、庄屋、神主など村人19人の能社中が、数年にわたり熱心な指導をうけ、嘉永4年3月鎮守八坂神社の社殿ではじめて演能したが、当時既に式三番の外能15番を習得していたという。
神社の境内には、蛸井甚助が帰郷する際、記念に残したといわれる「黒川や上に流れて花の郷」なる句碑がある。
その後明治、大正、昭和にかけて更に庄内黒川より師を招き、新たに10番を習得した。
能が神事として演じられたのは、昭和7年八坂神社が村社に昇格してからで、以前は1月10日の山神祭の日と、4月3日の節句に演じられていた。
八坂神社の境内には、古くから能舞台が設けてあったが、大正2年3月大正天皇即位を記念して建設した能舞台も老朽化し、昭和63年新舞台が建築された。(大須戸能保存会事務局のHPより)
【中山家との関係】
集落の旧家中山与惣右衛門は、創立当時より代々能の指導奨励の衝にあたり、能装束をはじめ幕、組立式能舞台、能面等の寄進、後継者の養成など伝統芸能の維持につとめ今日に及んでいる。(大須戸能保存会事務局のHPより)
